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by Honmonji-Reihoden in cultural-heritage-history
寛政8(1796)年~弘化3(1846)年木挽町狩野家9代。栄信の長男として生まれる。はじめ玉川、後に晴川(法眼時代)・晴川院(法印時代)と称し会心齋と号した。文政2年(1819)に法眼、同11年には法印に叙任される。一門の総帥として江戸城西之丸御殿・同本丸御殿の再建に活躍。膨大な模写絵画や、56冊におよぶ『公用日記』(東京国立博物館蔵)は貴重な史料となっている。51歳歿。墓塔は木挽町家伝統の亀趺碑形墓で、その最後のもの。筆塚を伴う。東京都指定史跡。池上本門寺所在。©Ikegami-Honmonji 2020